ブランディングのちょっと深いお話を

最近、一部の最先端を走るマーケティング関係者たちの興味が、というより関心の方向が、脳科学に向かっています。

なぜかというと、人は全ての情報を脳で処理するからです。

そして、処理された情報は次に行動となって現れます。

つまり、行動の前には何かしらの思考活動と選択、決断があるわけで、そこを制することがビジネスの成功に直結するのだと考えられているからです。

そういう意味では、マーケティングに直結する「ブランディング」は脳科学とは切っても切れない繋がりがあると思います。

というわけで、今日はいつもとは少し違う角度からブランディングのお話をしてみたいと思います。

ブランディングが脳科学とつながりがある?

何故って?

それは人間の一生は選択や決断の連続であり、ブランディングはその選択や決断に決定的な影響力を行使するからです。

例えば、あなたが提案する商品やサービを購入する人に対して、「私の商品を選んでください」とアピールすることで、その人の人生のほんの一瞬の角度変えることになるかもしれないわけですね。

自分の商品を選んでもらうという決断を、お客様にしてもらうための要素は何であるか?を知ることは販売に直結することになります。

そこで脳科学の出番です。

人はどのように記憶を構築しているのか?

少なくとも私の年代の人が受けた学校教育では、「記憶する」「覚える」という要素が大半でした。

今の子供たちに対しては、「表現する」という要素が教育の中で幅を利かせているということを洩れ聞きます。

実際、時代の流れも表現、パフォーマンス、という要素が、ビジネスにおいても重要になっているようです。

人の記憶に残る行動としては、注目を浴びるということが一番の近道なわけで、10年前のブロガー、そして今はYouTuberを職業として選択する若者も次第に増えている、という事実がそれを裏付けていますね。

つまり、時代の流れはインプットからアウトプットへ、という流れになっているのだと思います。

これはどういうことかというと、先ほどの学校教育を例に取れば、「覚える」「知識量」から「表現をして賞賛を得る」という流れということです。

「人の記憶に残るには?」を知るには「人はどのようにして記憶するか?」を考える

ここで問題はになるのは、「どうすれば人の記憶に残るのか?」ということでしょう。

話は横道に反れますが、おそらくこうしたインプットからアウトプットへの流れは、相当期間、学校教育を行き詰まらせることになるのは明白です。

なぜなら、教育という枠組みの中では、生徒のアウトプットを客観的なものさしで評価する手段が無いからです。

ちょうど芸術科目の成績評価に客観性が無いのと同じ理由です。

しかし、教育という枠組みを外せば、そこには厳然とした客観的評価基準があります。

それは「アウトプットに対して返ってくる賞賛の数」です。

まあ、わかりやすく言うと、テレビの視聴率、反響数ですね。

これは全く新しい価値観として、定着していくことになると思います。

話を元に戻します。

どうすれば記憶に残るか?に対する答えを見つけるには、人はどのようにして記憶するか?ということを理解するのが手っ取り早いです。

一般的に派手なこと、人とは違うことをやる子は目立ちますね。

それはある意味、学校教育で目指す生徒の理想像である学力優秀とは、一線を引くエリアでのパフォーマンスをする子です。

履歴書の特技、技能のようなものであったり、悪さをしたりするようなことであったり、という、つまり「学力優秀な子」という言葉から連想される一連のイメージ、行動、言動、マナーなど(これをゲシュタルトと言いますが)、それらとは対立する要素で記憶の糸をつなげることです。

学力優秀な子がその後の人生で行き詰まるのは、その学力優秀という枠の中でずっと戦い続けることによって起こります。

小学校、中学校、高校、大学へとヒエラルヒーが高くなっていくに連れ、より高度な学力の戦いが続き、勝者は最終的にほんの一握りの子が獲得し、その他大勢は敗者となるわけです。

これはどんなエリアでも起こり得ることです。

一つのカテゴリーだけで戦い続けることは、最終的に一人の勝者しか生み出しません。

定番となっている価値観とは対立する価値観を打ち出す

ここから最初の答えが導き出されます。

それは「定番となっている価値観とは対立する価値観を打ち出す」ということです。

ちょうど少し前に放送されていた「まんぷく」という朝ドラが良い例です。

カップヌードルの初期マーケティングに苦しんでいた日清食品が、「新しい食のライフスタイル」を提案することで突破口を開いた、というのは有名なエピソードです。

チキンラーメンとカップヌードルは、お湯をかけて3分で食べれる、という基本コンセプトは同じです。

違いは、「パッケージが袋に入っているvs発泡スチロール状のカップに入っている」と「具なしvs具あり」しかありません。

価格はチキンラーメン20円(カップヌードル発売時の価格はもっと高くなっていたとは思います)に対し、カップヌードルは100円。

商品自体の差別ポイントがこれら2点だけですが、価格は倍以上で売り出したわけです。

突破口は70年当時始まった銀座の歩行者天国での販売でした。

歩きながらラーメンを食べる若者の姿をテレビのニュースが放映したことで、大ヒットに繋がったということですが、考えてみれば、この当時歩きながらモノを食べるなどという行為はマナー違反。

しかし、「赤信号、みんなで渡れば怖く無い」的な発想といえば叱られるかもしれませんが、まさしく行儀の悪い食べ方という、それまでの食べ方のマナーに対する対立概念を打ち出し、それが「新しい」食文化に繋がったということですね。

私の子供がサッカーの試合に行っていた頃には、昼にカップ麺を食べる風景は当たり前となっていました。

日清食品のカップヌードル販売のストーリーは結構有名な話なので、ご興味がある方は是非調べてみてください。

記憶の鍵「ゲシュタルト」とは

ここでゲシュタルトという難しい言葉を使ったので、少し解説をしてみましょう。

西島秀俊主演の映画「ゲノムハザード」という映画で、人間の定義に関する面白いセリフがあります。

「人間=記憶そのものです」

言われてみると、結構「ハッ」とする言葉です。

ほぼ毎日同じものを食べている家族がそれぞれ異なる人格であることは、この記憶そのものから発生することなのです。

よくよく考えてみれば、個々人の記憶がどのように形成されて行くのかは、誰にとってもほぼ共通です。

生まれた時から今に到るまでの経験が記憶の全体を構成しているわけですが、こと勉強に関しての記憶は人格を構成する記憶とはどうも別物です。

何が違うのかというと、それは「覚えよう」とする意思があるかどうかです。

ですから、ブランディングによって他人に覚えてもらうためには、学習で要求される意思の介在をスルーした記憶への格納が必要です。

少しわかりにくいかもしれません。

要は相手の記憶に「フック」をかけ、そこからあなたのブランディング世界へとひきずりこむ、そういうストーリーをどのようにプランするか、ということです。

記憶への「フック」をかける

広告では「キャッチ」と呼ばれているものです。

それはフレーズであろうが、メロディ、画像、映像となんでも良いのですが、一般的にはフレーズが重要視されます。

もちろんフレーズに画像、映像をラップさせることによって、フックさせるチャンスを増やすこともありなのですが、逆に画像、映像だけだとフックはかかっても、それ以降に期待される情報拡散がされにくくなります。

つまり、「そう、あそこのポスターに写ってた女の子、あれ誰?」というように、イメージを記憶から引っ張り出すためのハンドル的役割をするのがフレーズだからです。

もちろんそのためにはネームが欠かせないのはご理解いただけますね。

このブログで「ネーミングのすすめ」という記事を参照していただければ良いのですが、簡単に言えば、言葉にできないイメージはコミュニケーションの話題に登らないのです。

生まれた子供に名前を付けなければ、一体どんな事態に陥るかを想像して見てください。

「おいっ!」とか「お前」とかいう漠然とした一般名詞で呼ばれてしまい、その子を特定することができません。I.D.を失くしてしまった漠然とした存在の子供です。

考えるだけでも結構空恐ろしいですね。

記憶のどこにフックをかけるか

ゲシュタルトとは全体を意味する言葉です。

記憶は一つ一つが互いに連鎖しており、特に関連性の高い記憶同士の結びつきが密接です。

これは例を挙げるまでも無いですね。

俗に頭の良い人というのは、このゲシュタルト構築のコツを知っています。

記憶の出発点になるような大きな出来事をコアにして、その後入ってくる情報をまるでそれを気の幹のようにして枝葉を膨らますように体系化しているのです。

普通の人も記憶の全体像は同じような方法で構築されています。

ですから、その記憶の体系に新しい情報としてフックさせるには、記憶のカテゴリー分析を行うことで、記憶のどの部分にフックさせることができるかが見えてきます。

方法論だけでは集客できません

さて、ネット上では「集客」というテーマが氾濫していますが、そのどれもがノウハウ論です。どうすればたくさんのお客を集めることができるか?そういうテーマでお話しされているわけです。

それはそれで良いのですが、一つ困ったことがあります。

どんなことだと思いますか?

それは、方法論だけでは集客はできない、ということです。

考えるまでもなく、それは当たり前のことですね。

だって、どのような情報にも一様に人が飛びつくわけがないのですから。

もちろん、とても価値がある情報を持っていて、どうしてもそれを拡散したい!という前提があれば、方法論は非常に価値があります。

でも、そういったケースは極めて稀で、こういう方法論に飛びついている人の99%は方法論を学んでから伝えるべき情報を考える、という思考パターンの方なのです。


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